着々と進む支那の日本侵攻作戦
支那中共の脅威がますます現実化してきています。
先日、自民党安全保障調査会(会長・小野寺五典元防衛相)が支那の人民解放軍元副総参謀長の孫と防衛会談を行った際に、孫側から日本に対して台湾有事を想定した「米国の介入」について言及があり、そのときに「もし沖縄が独立したら日本はどうするのか?」とトンデモ発言が飛び出したというのです。即座に同席した沖縄出身の議員が「沖縄が独立するなどいうことは有り得ない」と孫の発言をシャットダウンさせたのは良いのですが…。
この問題について実は『マンガでわかる中国100の悪行 (晋遊舎ムック)』という書籍を2006年に上梓しており、約20年前の本ではありますが、この中で支那中共が党綱領に「琉球(沖縄のこと)は日清戦争で日本に不法に強奪された」と書いていることを指摘しています。もちろん、沖縄が日本に編入されたのは日清戦争とは関係のないことではありますが。つまり、支那が沖縄を奪還しに来ることは中共が成立して以降の決定事項だということなのです。このことを知らない日本人があまりにも多く、現在ではその不倶戴天手の敵たる支那人を大量に我が国に招き入れるに至っては何をかいわんやの状態でしょう。
支那の沖縄侵攻については、昨今各所で取沙汰されていますが、実はこの書籍が上梓される前に中核派の分派が沖縄で「琉球独立宣言」なるものを採択しています。そして、その宣言を世界で唯一国家として認めたのが、支那だったのです。支那の国防部はこの宣言を正当と認めましたが、当時のメディアは(今も大して変わりませんが)支那との間で結ばれた日支記者協定(支那に都合の悪いことは日本のメディアは取り上げないとする言論の自由を自ら否定する協定)に基づいて、支那側の暴挙を報道しなかったため日本人でこのことを知っている人間が限定されているということなのです。
我が国の田吾作民たちが平和ボケに勤しんでいる間に、支那の沖縄侵攻は20年以上前から進んでいたのです。尖閣諸島で識別信号を出したり(国際社会に支那の領土であることをアピールする狙いがあると思われます)やりたい放題している支那中共ですが、その目線はすでに沖縄を捉え、さらにその先にある日本列島も、支那の飽くことのない膨張主義の下で、虎視眈々と狙われているのかも知れません。国際社会の動きを理解出来ない田吾作しかいない愚かな日本民族は、ただただ嵐が通り過ぎるのを穴倉にこもってじっと待つだけという原始時代さながらの有様です。
状況はますます悪化の一途を辿っています。沖縄では中核派を中心に国内極左勢力が次々流入しており、もはや沖縄の治安すらままならない状況になっているとか。さらに、毎年二千人規模で日本国籍に帰化する支那人たちの大半が沖縄に向かっていることに誰も気に留めようとしません。『沖縄は支那の侵攻下に晒されています』問題なのはそのことを何度指摘しても当の日本人が危機感を持つことは無いのです。20年前から支那について警鐘を打ち鳴らしてきた本人としては口惜しい限りですが、もはやどうにもならないところに来ているのかも知れません。
経済的メリットなどもありますが、支那中共が沖縄を欲しがる一番大きな理由は地政学上の問題です。支那が太平洋に進出しようとするなら、その支那の前面を塞いでいる国々が邪魔になります。世界地図(極東域)を東を上に、日本列島を上にするとよく分かると思いますが、支那中共の海洋進出にとって一番邪魔なのが日本と台湾です。もちろん、他の国々も支那の領海と接していますが、だからこそ各所で支那中共がそれらの各国と海の境界線をめぐって争っているわけです。ただ、スムーズに太平洋に出ようとするのであれば、台湾そして日本を屈服させる方が楽なのは誰の目にも明らかです。
そして、現実はその通りに台湾有事、沖縄有事が徐々に本格化しているということです。我が国に、台湾有事そして沖縄有事に備えることは出来ません。自衛隊がどうとか言う問題ではなく、政治家が田吾作過ぎて上述のことさえ理解出来ない、頭が空っぽの馬鹿しかいないのであれば、それも当然といえるでしょう。さらにその政治家を選ぶ国民も田吾作から抜け出せずに、国家の危機、他国に侵略されることの意味さえ理解出来ないのですから、もうなんと言って良いのか…。国のために銃を持って戦うと答えた国民が1割という世界最低の数字を叩き出し、今日も「日本マンセー!」を叫ぶその姿は、ただひたすら滑稽でみっともなく悲しいだけです。
それでも、日本第一党そして行動する保守運動は最後の最後まで日の丸を掲げ続けます。桜井誠の声に答えてくれた国民が一人でもいるのであれば、その一人のために全力で戦っていく所存です。7月9日の反支那デモ、そして各イベントで我々の主張をぶつけていきます。次の世代の日本人のために、少数であっても私たちが声を上げていく必要があるのです。今、この時には決して評価されない運動ではあると思いますが、後の世で必ず私たちの運動を必要としてくれる人たちがいることを信じて、是非一緒に戦っていきましょう!