日本第一主義のススメ

「国難」という言葉が使われて幾久しく、現在の日本は内憂外患、瀕死の状態にあると言っても過言ではありません。そもそも、我が国で、理解する基盤すら無かった「民主主義」というものを受け入れたのが、百五十年前の明治の御一新以降のことです。その後、大日本帝国という名前だけは偉そうな国家が七十有余年で終焉を迎え、米軍の統治で欧米型の民主主義を完全に日本人は受け入れざるを得なくなり、現在の日本国へとつながっています。

日本は過去二千年以上(大和朝廷以前を考えるならそれ以上の長きにわたって)欧米諸国が言う「専制主義」を敷いてきました。古代大王(おおきみ、天皇を指す本来の名称)を中心として国家がまとまっていく古代王権政体。その後、各地の豪族が台頭し、物部氏や蘇我氏といった勢力を中心に合議制で国家の統治が行われていった飛鳥政体へと移り変わります。更にその豪族が藤原氏を中心とした源平藤橘の四氏姓による貴族政体へと移行するのです。

しかし、貴族政体もやがて腐敗していくことで、源氏による武家政体(鎌倉幕府)の誕生を迎えることになります。そこからは北条を打倒した足利将軍家による室町台(室町幕府)が京の都に置かれ、室町台が力を失い戦国時代になり織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康へと政権が変わっていきます。やがて先述の通り、百五十年前の明治の御一新を迎えて、日本は長い歴史の中で初めて「民主主義」という西洋の制度に接触していくことになります。

明治以降の日本は前政体を否定することから始まっています。ですから、明治政府の流れを汲んでいる、現在の政府でも直近まで「士農工商」という身分制度を徳川幕府が作って悪政を敷いてきた、それを明治政府が「四民平等」を唱えて解放したのだと説きます。しかし、これが大嘘であったことがようやく周知され、現在では教科書から「士農工商」という言葉自体が削除されているのです。これは一例ですが、他にも様々な面で前政体(江戸時代)否定の教育がなされているのです。

そもそも、専制主義とは絶対王権の元で、民衆が国王を中心とする国家システムに搾取される世界のことを指します。しかし、我が国でそのような絶対的権力を天皇が用いたという例は、古代の王権以降ほぼ存在しません。いちいち言われなくても、太古の昔から我が国では「天皇は国民統合の象徴」だったのです。ちなみに「国民統合」や「象徴」という言葉は後から生まれた言葉です。これを一括りにして欧米式に専制主義と呼ぶこと自体が間違っているのです。

永き治世の中で、日本人が生み出してきた理想的な政体の形、今の言葉に置き換えるなら「象徴君主制」が我が国では古代から続いてきたことになります。天皇は権威の象徴、そして世俗の権力は古代では豪族・貴族、鎌倉以降は武家によって行使されてきたことになります。ある意味で、西欧人の言うところの「専制主義」を回避する日本らしい解決策だったのではないでしょうか。何にしても「水が合う」という言葉ありますが、日本人に合った政治システムが構築されていったのです。

ところが現在、民主主義という名の下で、国家は疲弊しきっているにも関わらず、国民によって選ばれた政治家たちは私腹を肥やすことだけに汲々とし、国家国民のことを本気で考える人間は一人もいない状況です。確かに、政治というものは様々なしがらみが存在することは認めますが、国難に遭った時、そのしがらみを断ち切り、果断速攻で政を行う人たちが必要なのです。過去、我が国を国難が襲う度に、そういった人たちが現れてきました。桜井は、総称して「政り人、まつりびと」と呼んでいます。

十三歳で蘇我氏と物部氏の崇仏戦争に従軍し、大陸文化と我が国の文化の融合を図った厩戸皇子(聖徳太子)。十八歳で鎌倉幕府の八代執権となり、元寇でモンゴル軍(高麗軍)と戦い我が国を守り抜いた北条時宗。などなど、考えてみれば 日本型の象徴君主制であったからこそ、有能な臣下たちが存分に戦い抜けたという側面もあるのではないでしょうか。とまれ、その時々で国難に際して、国家の意思とでもいうのでしょうか、そうした意を受けた人たちが現れているのです。

現在の民主主義の下では、こうした人物たちの再来は期待出来るものでは無く、それどころかより一層の馬鹿を馬鹿が選ぶという悪循環に陥っています。日本の唯一の武器であった経済はズタボロ状態、政治は政治家自身が腐敗しきり、上が腐敗するならと官僚も腐敗しきっているのが我が国の現状です。さらに軍事面では、世界第〇位の軍事力と誇る馬鹿も散見されますが、所詮は米軍の補完勢力でしかない状態で、戦うことなど想定されていない世界一平和な軍隊と言えます。

国民が賢くあって初めて機能し得るのが民主主義というものです。しかし、今の我が国では、そんなことは期待出来るはずもなく、政治家の腐敗ぶりは、そのまま国民の政治的腐敗を表していることに、どれだけの人が気が付いていることでしょうか。現状では民主主義は我が国を滅ぼす基でしかありません。だからこそ、桜井は「民主主義に代わる新しい思想形態が必要だ」と訴えているのです。欧米人の作った民主主義を否定する勇気を持ちましょう。

我が国には我が国の歴史があり、その歴史に根付いた政体が存在してきたことを日本人は思い出すべきなのです。温故知新、古きを訪ねて新しきを知る。古いと捨て去った制度が、私たち日本人の肌にぴったり合う制度だったのです。であるなら、民主主義の下で多くのものを失ったにせよ、いったん立ち止まり古に戻るべきだと桜井は考えます。でなければ、このまま突き進めば我が国の行先は…言わずもがなでしょう。次の世代に日本を残すために共に戦おう。